花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その2「花御供」


表題の言葉を目にされたことはあるでしょうか。「はなごくう」と読みます。藤原不比等の娘で聖武天皇の皇后、光明子(光明皇后)の歌が由来であると言われています。良い歌なのでご紹介します。

わがために 花は手折らじ されどただ 三世の諸仏の 前にささげん

大意としては「仏様のために花(もわが身も)を捧げます。しかし、花というものは(そもそも恋人のために)手折り、贈ったものだろう(贈ったのが最初だろう)」という事でしょう。この時代の歌(万葉集)は言葉そのままに理解すればよいと思うのですけど、多少、言葉の意味の幅が広く、詠み人の気持ちが含まれるものもあります。後の古今、新古今和歌集ほどのひねった表現はあまりないのですが。

つまり、光明皇后は、仏様に花を捧げ(これが「花御供」の由来か?)ますが、ふと、花とは最初、誰に捧げたものなのだろう、と思い、それはやはり「恋人」にであろうと、ロマンチックな意を含ませた歌を詠まれた訳です(多分)。「仏に花を捧げる=花御供」というのは、遥か昔からあった訳で、「花を贈る」というのは、特別な人に対して、という事だったのでしょう。この時代にはもう「花」がそういう意味を持っていたという事ですね。

お墓に花を添えたという最古の例について、先の「その1」で書きましたが、数万年(7万年?)前のネアンデルタール人遺跡から一面に花を敷きつめ、その上に埋葬したと思える形跡が見つかりましたが、これは完全な定説とはなっていません。齧歯類(ネズミなど)が種や花を貯めておいたものではないかとの説があります。見つかった形跡が花そのものではなく花粉であるため、それが葬送のためであるという決定的な証拠とはなっていません。

話が少々堅苦しくなりましたが、定説ではないと言う事は、「もしかしたらそうかもしれない」ということで、肯定も否定もできないと言う事です。であれば想像する事は許される筈です。先の光明皇后の歌にあるように、いつ始まったにせよ、「花は大切な相手に贈る」ものであったのは間違いない訳で、原始の時代にも、人は人を花で飾り、亡くなった時も偲ぶ心から故人を花で飾ったと考える方が自然だと思います。学説的な事は学者に任せて、自分の楽しみ、プラス「大事な相手」のために花を飾ってみましょう。壮麗である必要なんかありません。一輪であっても、それは「気持ち」ですから。


花のお話 目次へ

アクセス数ベスト5コンテンツ
★花のお話 その12「弔いには何故、白い菊なのか?」
★花のお話 その14「花言葉は、誰がどうやって決めるのでしょうか」
★花のお話 その6「千利休と豊臣秀吉 一輪の朝顔」
★花のお話 その32「花にまつわる日本語の表現の豊かさは詩の中から」
★花のお話 その51「花一輪に飼い慣らされる 花を眺める心の内は…」



■探し物は何ですか…? あの本ですか?
本棚検索&キンドル
■カタログ気分でお楽しみください。掘り出し物が見つかることも…。
毎日の生活彩々市場

スポンサー リンク

他 リンク

「雑学を楽しむ」サイト
テキトー雑学堂 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ

ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.