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花のお話 その26「花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき」



トピック イメージ 花 「花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき」。これは「放浪記」の作者「林芙美子(はやし ふみこ:1903年~1951年)」が色紙によく好んで書いた言葉だそうです。言葉と言うより七五七五の詩といってもよいかと思います。「放浪記」は森光子さんの名演で有名ですが、作者である林芙美子についてはそれ程知っていた訳ではありません。ですが、この詩はもちろん知っていました。林芙美子は決して恵まれた幼少期を過ごしたようではありませんが、その文才を認められて、高等女子学校へ進んでいます。これは、才能を発見してもらえる僥倖に人生で巡り合えたという事です。もしその才能を見つけてもらう機会に会えなければ彼女の人生がどうなっていたのか分かりませんが、少なくとも「放浪記=森光子」が存在しなかった事は確かです。

高等女子学校を卒業してからは遊学中の恋人を頼って上京し(この辺りで林芙美子の激情的な一面が感じられます)、その後はまさに「放浪記」。下足番や女給などで自活し、露天商を手伝ったりして生きていきます。時代は大正です。この時代に、女性が見知らぬ街で生きていく事が容易ではなかった事、想像に難くありません。結局、上京のキッカケとなった恋人とは破局を迎えます。

今回は直接「花」の話ではないのですが、この「花の命は短くて」の詩に以前から妙な違和感を感じていました。確かに、自然にあっても花の命は短いのですけど、それは「美しく」、「苦しきことのみ多かりき」という結びは、それが人の「情感」であったとしても、「?」なのです。そうなのでしょうか? 有名な言葉(詩)ではありますが、どこか突き放されたような感のみの言葉を、林芙美子は何故、ことさらに残したのでしょうか。特別にこだわりのある事ではないのですが、この言葉(詩)に出会う度、同じような違和感をいつも覚えていました。

もともと、この言葉は彼女のどの作品、著作物にも見当たらないそうです。いきなり、このようなワンフレーズだけが生まれてきたのでしょうか? しかし、そうではなかったようです。WEBの上にその答えがありました。たまたま見つけただけですけど。次のような、彼女の「未発表の詩」があります。
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風も吹くなり
雲も光るなり
生きてゐる幸福は
波間の鴎のごとく
漂渺とただよい

生きてゐる幸福は
あなたも知ってゐる
私も知ってゐる
花のいのちはみじかくて
苦しきことのみ多かれど
風も吹くなり
雲も光るなり
 http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000052572
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これは林芙美子と親交のあったある女性が贈られたものだそうで、確定した事実とまではいかないようですが、詩は「苦しきことのみ多かりき」で終わってはいなかったのです。「苦しきことも多かれど」。その前には「生きている幸福は あなたも知ってゐる 私も知ってゐる」の言葉が連なり、「風も吹くなり 雲も光るなり」と結ばれます。私はこの詩を見て、長く感じていた「違和感」が消えました。風が吹き、雲が光る中に凛として咲いているのは、芙蓉の花であると思います。林芙美子の「芙」です。


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