花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その27「朝顔の花一時(ひととき)」



トピック イメージ 花 夏も盛りを過ぎたころ、ある新聞のコラムで「朝顔の花一時」という言葉を目にしました。「朝顔の露」とも言うそうです。これは「はかないもの」の喩え。確かに朝顔は夏の朝に咲いて、その美しさは数時間で終わります。志賀直哉は老年まで朝顔をそれほど美しい花とは感じなかったそうです。理由は「朝寝坊」。しかし、ある夏の朝、目覚めた時に咲いたばかりの朝顔を見て、そのイメージが変わったとか。この大作家が花を好きであったかどうかは知りませんが、どこか子供じみた逸話であると感じます。子供のころからズッと朝寝坊だったのでしょうか。白樺派の作家の、育ちの良さ故にその感受性の対象を空振りさせ続けてきたということでしょう。「朝顔」だけではなく、朝の美しさを知らず…。

それはさておき、夏の朝に「咲く」というよりも「膨らむ」といいたくなるような朝顔の花には、まさに「生きている事」を覚えます。これは、花すべてに感じる事なのですけど、特にその「淡い」存在は、夏の朝に、より一層の清々しい透明感を与えてくれます。私は青紫の朝顔が好きです。やがては萎れてしまいますが、それが暑い夏の一日の始まり。そして、次の朝にはまた淡く膨らんでいます。一日一日を再生するように。

その「はかなさ」故に感じる朝顔の花の寿命が、遺伝子の力により約2倍ほどに伸びるそうです。切り花用の観賞期間を延ばす事への応用が期待されているとか。私は切り花として朝顔を飾った事はありません。花持ちが悪いからではなく、朝顔は「活けて」見るものとは思っていないからです。夏の早朝に、その一瞬の外気の涼しさの中で見る朝顔が、最も美しいと思うからです。

このコラムを読んだ時、「枯れない処理をされた真紅のバラ」を思い出しました。それは知り合いにプレゼントされたものなのですけど、せっかくもらったものだからと居間に飾っておいたのですが、申し訳ありませんけど、見る度に何か「落ち着かない」…。別の知り合いがそのバラを気に入った様子だったので、即、お譲りしました。

「花はそのはかなさ故に美しい」などという事を言うつもりはありません。美しいからこそ、切り花として飾り、少しでも花持ちがするように手を掛けます。しかし、いずれは枯れてしまいます。それだけの事でいいではないですか、と、ちょっと気持ちがざらついてしまったのです。「枯れない真紅のバラ」を見た時に。それは、言葉は悪いのですけど「花の剥製(はくせい)」のようなものです。ドライフラワーや造花は、オブジェとしてそれはそれで面白いのですが、これまた言葉が悪くなってしまうのですけど、「無理やり」にその美しい姿を維持させられているという事に、ちょっと…。

冒頭の「朝顔の一時」は確かに「はかなさ」の喩えなのでしょうが、私はその言葉のままに捉えます。まさに「その一時」「今一時」です。それを長らえさせたところで、どれほどの意味も感じられません。実際、園芸種では少しでも花持ちを良くしようとする努力がされています。当然、遺伝子の力を借りています。しかし、ちょっと感情混じりになってしまいますが、朝顔だけはどうにも「花持ちをよくする」事がその「一番美しい所」を奪っているような気がするのです。朝顔という花が無くなってしまうような気が…。


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