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花のお話 その33「桃の節句は邪気(厄)払いの上巳の節句」



トピック イメージ 花 「桃の節句」は旧暦の三月三日で、確かに桃の季節ではありますが、それで「桃の節句」になった訳ではないようです。江戸時代、幕府が五節句を制定し、これは一年の節目となる日で「節日(せちにち)」とも呼ぶそうです。一月七日が「人日(じんじつ)」、三月三日が「上巳(じょうし)」、五月五日が「端午(たんご)」、七月七日が「七夕(たなばた)」、九月九日が「重陽(ちょうよう)」。「あれ、桃の節句は?」と言われそうですが、三月三日の「上巳の節句」が「桃の節句」となったようです。ではなぜ、その日が「桃の節句」となったのでしょうか?

季節の変わり目には「災いをもたらす邪気」が入りやすいと考えられていました。旧暦の三月三日は冬から春へと季節が変わる時期です。ですから三月三日の「上巳の節句」には、川の流れに心身の穢れを流して厄を祓う行事などが行われていたようです。中国から伝わった「上巳節」が元だそうですけど、その中国では古くから「桃」が「不老長寿の実」であり、病気や災厄を寄せつけず、桃源郷の「仙果」であり、長寿をもたらす果実として珍重されていました。ここで「上巳の節句」と「桃」が結びつきます。

桃は中国が原産地で、二千五百年くらい前から栽培されていたようです。日本に伝わってきたのがいつ頃かは定かでないようですが、約二千年前の遺跡からその種子が出土していますから、かなり古くから身近な植物であったのは確かでしょう。その頃の野生種の桃は、今の桃とはかなり違った品種のようで、今のように水蜜桃系品種が輸入され、美味しい桃が食べられるようになったのは明治時代からという事です。古代の日本でも桃は、主に観賞用として栽培されていたようですが、食用ともされていたようです。

そして、日本でもやはり、「桃」には古くから邪気を祓う力があると考えられていたようです。古事記に、イザナギノミコトが鬼に桃を投げつけて退散させたという話が残っています。有名な桃太郎の話もありますが、これは鬼という「厄」を「桃」が退散させる、「桃の厄除け」の話とも取れます。

健やかな生活を願う「祝いの節句」として、「上巳の節句」が「桃の節句」へと変わって行ったのでしょう。そして、「端午の節句」が男の子の成長を祝う日となり、それに対応して、「桃の節句」は女の子の成長を祝う日として定着したようです。そして、「お雛様」ですが、そのルーツは平安時代に紙の人形で宮中や貴族の子女が遊んでいた事にあり、それが一般に広がって「雛遊び」となっていったのでしょう。「雛」とは大きなものを小さくした「可愛い」ものとの意味です。この「雛人形」も「上巳の節句」と結びついていきます。人の厄を受けてくれる男女一対の紙の雛です。すると、娘の厄を受けてくれる「雛人形」は、家の財力の象徴として豪華な雛人形へと進化していきます。この辺りは少々「俗」な感じですね。これで「三月三日」と「桃」と「女の子」、そして「雛人形」がくっ付きました。今回は「花」の話と「実」の話が一緒になってしまいましたが、三月三日が「桃の節句」となり「雛祭り」となるには、歴史の中で、「健やかな暮らし」への願いがその中心にあったという事です。


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