花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その43「菊は花の隠逸(いんいつ)なるものと定められてより」



トピック イメージ 花 「菊は花の隠逸…」の言葉は、正岡子規の「獺祭書屋俳話(だっさいしょおくはいわ)」の中で引用されている言葉で、隠逸とは「世俗から離れて、隠れ住む」の意味です。隠遁も同じです。ちなみに「獺祭」とは、カワウソ(獺)には捕らえた魚を川岸に並べる習性があり、これがまるで先祖に供物を捧げて祭っているように見えたことに由来する言葉で、今ではお酒の名前で有名ですね。「獺祭書屋俳話」は正岡子規が新聞「日本」に掲載したエッセイで、その後に出版されています。「病床六尺」も有名です。

菊は別名として「隠逸花(いんいつか)」と呼ばれているようで、その意は「暗闇でも、その清らかな香りでそこに菊があることが分かる」。なんとも詩的な呼ばれ方です。それで、その名の出典ですが、中国の北宋の時代、周敦頤(しゅうとんい)という高名な思想家が著した「愛蓮説」の中に、「予謂菊花之隠逸者也」という一説があり、読み下せば「予は謂へらく、菊花はこれ、隠逸なる者なり」でしょう。意味としては「私は、菊とは俗世間から逃れた者、つまり隠逸者の花であると思う」といったところでしょうか。「隠逸花」の出典はこの辺りであるようです。

この「隠逸の花」の言葉が、あの千利休のエピソードにも現れてきます。利休の師に、大徳寺の古渓宗陳(こけいそうちん)という禅僧がいました。当時まだ千宗易(そうえき)と名乗っていた茶道の大成者が、豊臣秀吉の計らいで正親町(おおぎまち)天皇より「利休居士」の名を賜った際、師である古渓宗陳はこれを大いに慶び、「隠遁の花」を利休に例えて詠った詩をおくりました。この詩は今でもお茶会の席で、書として飾られるそうです。

庚老神通老作家飢来喫飯遇茶々
心空及第等閑看 風露新香隱逸花

一般的な読み下しは以下の通り。

庚老は神通の作家
飢え来れば飯を喫し、茶に遇うては茶
心空及第して等閑に看る
風露新たに香る隠逸の花

「庚老(ほうろう)」とは「庚居士」として、神通力さえ持つといわれた唐の禅僧で、その境地に利休居士も達していると称えている詩です。その中で千利休を「隠逸の花」に喩えています。

その姿は清楚な菊の花ですが、香り立つその存在に人は「畏敬」の念さえも湧きあがらせたのでしょうか。日本で菊は「権威」のシンボルともなっています。そこまで由緒のあるキクですが、生活の中ではさりげなく楽しみましょう。確かにキクには「沈静効果」もあるらしく、暗闇の中であってもその香りを胸いっぱい吸い込めば、心も落ち着き、穏やかな気分になることはあります。ちょっと不思議なキクの香り。

花のお話 目次へ

アクセス数ベスト5コンテンツ
★花のお話 その12「弔いには何故、白い菊なのか?」
★花のお話 その14「花言葉は、誰がどうやって決めるのでしょうか」
★花のお話 その6「千利休と豊臣秀吉 一輪の朝顔」
★花のお話 その32「花にまつわる日本語の表現の豊かさは詩の中から」
★花のお話 その51「花一輪に飼い慣らされる 花を眺める心の内は…」



■カタログ気分でお楽しみください。掘り出し物が見つかることも…。
↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

スポンサー リンク

他 リンク

「雑学を楽しむ」サイト
テキトー雑学堂 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.