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花のお話 その46「福沢諭吉 半生の行路苦心の身 そして、花を惜しむ」



トピック イメージ 花 明治期、文明開化の指導者、福沢諭吉の漢詩に「惜花」という四行の絶句があります。詩吟でも歌われるそうです。それは次のような詩です。

半生行路苦辛身
幾度迎春還送春
節物怱怱留不止
惜花人是戴霜人

意訳すればこのような意味でしょう。「これまでの人生、ひたすら苦辛を厭わず生きてきたが、その間にどれほどの春を迎え、その花の季節を見送っただろうか。世の中は激しく移り変わり、止めることなどできなかった。そうして今、春の花を楽しむこともなかった人生を振り返ってみるに、それを惜しむ時にはもう白髪の身になっていた」。

この福沢諭吉の漢詩を読んだとき、趣は全く違うのですが、戦国の武将、伊達政宗の有名な詩「馬上少年過ぐ」を思い出しました。

馬上少年過
世平白髪多
残躯天所赦
不楽是如何

意訳すればこのような意味でしょう。「馬上で戦場を駆け抜けた若い日々は過ぎ、今や世は平らかになり、自分ももう白髪の身になってしまった。戦国の世を生き延びたこの身、もう楽しんで生きても天は許してくれるだろう」。

何かを成し得た者の、対照的な晩年の思いが綴られていると思います。福沢翁は、花を楽しむ心のゆとりさえなかったことを惜しみ、その心情を詠い、政宗公は「もう好きに生きてもいいだろう」と、どこかとぼけた様子で飄々と詠っています。福沢翁は、近代日本の礎を孤軍奮闘ともいえる働きの中で築き上げ、政宗公は、白刃と硝煙の下を、天下目指して生き抜き、そして二人は老境に差し掛かります。政宗公は武運拙く、天下取りの夢はならず、確かに穏やかに思える余生を過ごしています。しかし、その本当の心情は量りかねます。福沢翁は日本の近代化を天からその役目を与えられた如くに、例えようもないエネルギーでその一生を殆ど費やし、牽引していきました。

政宗公にはその晩年の心情に、天下取りへの失意をどうしても感じてしまうのですが、福沢翁には失意のようなものはなく、文明開化の指導役を見事に果たした中で、実務家としての自分自身、合理的精神を持って生きてきた自分自身に、老境の身でふと「花を愛でる」という、言ってみれば人の「遊び心」を浮かばせてしまう「おかしみ」を感じてしまいます(私はそう感じてしまいます)。福沢翁の「火を噴くような」人生が白秋に差し掛かった時、「花」が現れてくるのです。その、玄冬へと向かう翁の思いは、どのようなものだったのでしょうか。

近代化へと向かう中で、合理的精神と実務の中で生きてきた者の晩年に、「花」への想いが浮かぶという瞬間に思いを馳せると、それは「見事に咲いた」後の、「見事な桜吹雪」の光景ではないでしょうか。「惜花」ではなく、むしろ「見事に咲き終えた花」の艶やかな光景がそこにあると思います。

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