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花のお話 その8「人が美しいものに恋い焦がれる気持ち プラトン イデア論」



トピック イメージ 花 哲学というとなにやら高尚で小難しいものといった印象があるのですが、つまりは「考え方」「考える事」の学問であり、思考実験であると気軽に考えればなかなかに面白いものです。日本の「侘び寂び」もいってみれば哲学です。質素なもの、古びたものに趣のある世界を感じる、という一つの嗜好、そのもととなる考え方(感じ方でもあるでしょうね)ですから。とどのつまりは「真実」なるものに向かうのでしょうが、そこまで行かずとも、「美しいものを何故、私たちは美しいと感じるのか?」といった事に付いて考えてみるなら、やはりプラトンのイデア論を借りると一つの「仮説」には辿り着けます。

ちなみに、私は哲学をそれほど深く勉強した事もありませんし、そこで何がしかの論を立てようなどと大それた考えもありません。ただ、前述の素朴な疑問を考える時、イデア論がヒントを与えてくれるように思っているだけです。本音をいえば、その考えの「美味しい所」だけを頂こうとしている訳です。自分の言葉にできる範囲内で。

ご存知の通り、イデア論はプラトンの代表的な思想として知られていますが、プラトン自身、その矛盾に気付き、後半生ではあまりこのイデア論について語らなくなっています。その矛盾とは…? これは後で述べますけど、まず私がその考え方を借りようと思うのは、「私たちはかつて美しいものに満ちた世界(イデア界)を知っていて、現実の世の中で美しいものを美しいと感じるのは、その影を見て、かつて知っていた美しいものを恋い慕うから」という事に対して至極素直に頷けるからです。ちなみに、そのイデアを恋い慕う事を「エロス」といいますが、これは現在使われている意味とは全然異なります。

それをもっと簡単に例えれば、ヨーロッパの写真集を見て、その景観の美しさに惚れ惚れとしたとします。しかし、それは写真であり、実際のヨーロッパを見ている訳ではありません。写真を通してヨーロッパの美しさを感じている、という事です。写真が「影」であり、本物のヨーロッパが「イデア」という事になります。ついでに言うなら、様々に見聞きしたことがイメージとなって「恋い慕う」対象となっているという事です。本当の本物は知らなくても、です。ヨーロッパを、アイドルと置き換えても同じように成り立ちます。また、花と置き換えればこれもまた(考え方としては)成り立ちます。

「私たちはかつて美しいものを知っていた」。だから、現実の世界で「美しい」と思うものに心を惹かれてしまう。「(例えば花など)美しいものを何故、私たちは美しいと感じるのか?」という疑問に対して、比較的シンプルな答えを(とりあえず、ですけど)持つ事が出来るように感じます。単純ですけど…。

ちなみに、プラトンが自らのイデア論の矛盾に気が付いたのは、「では醜いものにもイデアはあるのか?」と云う事に思い至ったため、という事です。それもまた、然り、とも思うのですが、あくまでも美学として成り立たせようと思えば、そこは蓋をしたくなります。まあ、美醜として語るよりも「美しいものに憧れる気持ちの根源」として止めておけばよいのでは、と、多少そこは無責任かもしれませんけど、そう考えます。この論を絶対的に突き詰めていけば、「好き嫌い」「好み」「趣味的」というところでも追い詰められますから。花を眺めていると、気分が安らぐというのは事実です。そこから人は色々なものを感じ取っている訳で、少なくとも、綺麗なバラやユリを「見るのも嫌だ」という方にはまだ会った事はありません。

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