花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花の詩紹介 花の詩8


 ※花の名前の()内は一般的な和名です

 モモ (モモ:桃)
 
分類:バラ目バラ科モモ亜科モモ属
 
花期(路地・鉢物):3月~4月

モモ「不相応の 娘もちけり 桃の花」
 小林一茶
「老が世に 桃太郎も出よ 桃の花」
 
小林一茶
「喰ふて寝て 牛にならばや 桃花」
 与謝蕪村
「旅にして 昼餉の酒や 桃の花」
 
河東碧梧桐
「故郷は いとこの多し 桃の花」

 正岡子規
「富士の笑ひ 日に日に高し 桃の花」
 加賀千代女

「ここまでは 道路が出来た 桃の花」
 種田山頭火
「春の苑 くれなゐにほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ」
 
大伴家持(万葉集)

 なにやら春の訪れに「弾むような」詩がズラリと並んでいます。全て「桃の花」の言葉で終わっていますが(最後の大伴家持の詩は上の句で)、詩としての流れに必然性のある結びではありません。「それにつけても、桃の花」と云った気分なのでしょうか。桃の花は景色であり、詩人の気分であり、この花を眺めながら思う言葉は、なんとも楽しく温もりさえ感じるもので、その全てが「桃の花」で結べるのでしょう。詩人たちの「ご機嫌」な様子が泛んできます。


 ボケ (ボケ:木瓜)
 
分類:バラ目バラ科サクラ亜科ナシ連ボケ属
 
花期(路地・鉢物):3月~4月

ボケ「初旅や 木瓜もうれしき 物の数」
 正岡子規
「寺町や 土塀の隙の 木瓜の花」
 
夏目漱石
「膚(肌)脱いで 髪すく庭や 木瓜の花」
 高浜虚子
「雨戸あけたので目がさめ 木瓜咲き」
 河東碧梧桐

「木瓜が活けてある 草臥を口にす」
 
河東碧梧桐
「日のぬくみ 吸うて真っ赤に 木瓜の花」

 高橋淡路女
「浮雲の 影あまた過ぎ 木瓜ひらく」
 水原秋櫻子


 ボケは果実が瓜に似ていて、木になる瓜「木瓜」が「もけ」「ぼっくわ」から転訛(てんか)した名前のようです。しかし、ボケという名前はそのエレガントな花に似合わない…。二番目の夏目漱石の詩は友人である正岡子規そのマンマの詩だと思います。高浜虚子と河東碧梧桐の詩を並べてみました。同じ子規門下でありながら、虚子は古典文芸としての俳句を詠み、碧梧桐は新傾向俳句(後の自由律俳句)を詠んでいます。しかし、三番目と四番目の詩を比べると「けだるいような日常の中に、優美なボケの花が一層鮮やかに映えている」イメージは同じです。五番目の詩は「ボケが活けてある」が風景で、「草臥(くたびれ)を口にす(つぶやく)」が心情です。木瓜の花は何気ない日常の中で鮮やかに咲くのでしょう。


 ハナミズキ (アメリカヤマボウシ:アメリカ山法師)
 ※アメリカヤマボウシが正式な和名ですけど、ハナミズキの方が一般的です。

 
分類:ミズキ目ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属
 
花期(路地・鉢物):4月~5月

ハナミズキ「花みづき 十あまり咲けり けふも咲く」
 水原秋櫻子
「一つづつ 花の夜明けの 花みづき」
 
加藤楸邨
「洋館の 多き界隈 花水木」
 松崎鉄之介
「女子寮に 皿洗う音 花水木」
 皆川盤水

「昏るるとき 白き極みよ 花みづき」
 
中村苑子
「花水木 わすれたやうな 空があり」

 南部憲吉


 ハナミヅキは、日本が1912年にアメリカのワシントンD.C.へサクラ(ソメイヨシノ)を贈った返礼として、1915年にまず白花種が贈られ、1917年に赤花種が贈られました。日本人がサクラを愛するように、アメリカ人にとってはこのハナミズキが愛すべき花のようです。桜が満開となり、一気に散った後、ハナミズキがヒッソリとでも云いたくなるように、対象的な姿で花をつけます。ここにアメリカ人の素朴な「生活感」のようなものを感じます。ハナミズキを詠っている詩も日常と寄り添ったものばかりです。四番目の詩は、女子寮という清楚な日常とハナミズキが、不思議なほどにマッチしています。昔の女子寮と今の女子寮ではイメージが…。それは分かりません…。

 テッセン (テッセン:鉄線)
 
分類:キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ亜科センニンソウ属
 
花期(路地・鉢物):5月~6月

テッセン「御所拝観の時 鉄線の咲けりしか」
 正岡子規
「鉄線の 花さき入るや 窓の穴」
 
芥川龍之介
「鉄線に けふは若(し)くもの なき庭か」
 高浜虚子
「ひとり居の 朝やうち向ふ 鉄線花」
 水原秋櫻子

「鉄線花 馬蹄の音の さしかゝる」
 
中村汀女
「鉄線の 花の紫より 暮るゝ」

 五十嵐播水


 テッセンの名は、中国の「鉄線蓮」、茎が細く鉄線のように硬くなることに由来するそうです。園芸用のクレマチス(センニンソウ属)をテッセンと呼ぶこともあるようです。その名前とは大凡似つかわしくない可憐な青紫の花をつけます。しかし、その花が可憐であればあるほど、鉄線という名の由来である茎の硬いイメージを詩人たちは持ってしまうのでしょうか。どの詩も「花そのもの」よりも、その硬質なイメージを詠んでいるように感じられます。二番目の芥川龍之介の詩はまさにそんなイメージであると思います。花はホントにきれいで可憐ですけど。

 タチアオイ (タチアオイ:立葵)
 
分類:アオイ目アオイ科ビロードアオイ属
 
花期(路地・鉢物):6月~8月

タチアオイ「日の道や 葵傾く さ月あめ」
 松尾芭蕉
「威をかりて しなのの葵 咲にけり」
 
小林一茶
「明星に 影立ちすくむ 葵かな」
 小林一茶

「梅雨に入る 椎の木陰の 葵かな」

 正岡子規
「鵜の宿の 庭ひろびろと 葵かな」
 高浜虚子

「花さけば どこにもありぬ 立葵」
 
星野立子


 タチアオイはちょうど梅雨入りの頃に咲き始め、梅雨明けと共に花期が終わることから、「ツユアオイ(梅雨葵)」とも呼ばれます。垂直にスッと伸びた花茎の下から上へ花が咲きあがり、頭頂部まで開花が進んだころに梅雨が明けます。葉に向日性(日に向かう)があり、一番目の詩はその特徴を季節の中でサラリと詠んでいます。二番目の「威をかりて」というのは一茶独特の諧謔でしょう。五番目の虚子の歌はこの花の趣を目に浮かぶように伝えてくれます。六番目の詩は、まさに。時期を同じくして一斉に開き始める風景は季節を知らせてくれる自然の花たちの役割なのかと思います。


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