花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花の詩紹介 花の詩9


 ※花の名前の()内は一般的な和名です

 サルスベリ (サルスベリ:猿滑、百日紅:別名 ヒャクジツコウ)
 
分類:フトモモ目ミソハギ科サルスベリ属
 
花期(路地・鉢物):7月~10月

サルスベリ「てらてらと 小鳥も鳴かず 百日紅」
 正岡子規
「青天に 咲きひろげゝり 百日紅」
 
正岡子規
「又しても 百日紅の 暑さ哉」
 正岡子規
「散れば咲き 散れば咲きして 百日紅」
 
加賀千代女
「百日紅 浮世は熱き ものと知りぬ」

 夏目漱石
「炎天の 地上花あり 百日紅」
 高浜虚子


 サルスベリは「猿滑」そのままの漢字と、「百日紅」の漢字を当てますが、前者は木がつるつるの事から、後者は開花期間が長いことにちなみます。中国南部を原産とする、夏を代表する花木の一つです。正岡子規の詩が三つ並んでいますが、他にも同様の趣の詩を詠んでいます。まさに、夏の炎天の中に優雅に花を広げる百日紅の様は、子規ならではの「景色を切り取る」力の本領発揮です。六番目の、高浜虚子の詩もそうですね。加賀千代女の淡々とした詠い方には、相変わらず優しさを感じてしまいます。夏目漱石の詩は、良くも悪くもマンマです。夏の炎天下を背景に咲く百日紅は、心情にではなく、詩人たちの目に一幅の絵として映るのでしょう。


 ナデシコ (ナデシコ:撫子)
 
分類:ナデシコ目ナデシコ科ナデシコ属
 
花期(路地・鉢物):4月~10月

ナデシコ イラスト「萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなへし
                   また藤袴朝顔の花」

 山上憶良(万葉集)
「野辺見れば 撫子の花 咲きにけり 我が待つ秋は
                     近づくらしも」
 
詠み人知らず(万葉集)
「我のみや あはれとおもはん きりぎりすなく 夕かげの
                     山となでしこ」

 素性法師(古今集)
 ※大和撫子(やまとなでしこ)の言葉の最初の登場であるともいわれています。
「なでしこの 花はあだなる たねなれば いさしら川の のべにちりにき」
 小野小町
「草の花は なでしこ 唐のはさらなり やまともめでたし」
 清少納言(枕草子)

「酔うて寝む なでしこ咲ける 石の上」
 
松尾芭蕉
「やさしくも 来ませるものよ なでしこの 秋の山路を たどりたどりて」

 良寛
「すわれば まだ咲いてゐるなでしこ」
 種田山頭火


 ヤマトナデシコを詠った詩はかなりたくさんあります。万葉集の時代から現代まで。あのような可憐な花が各詩人のなかでは、イメージとしてどれほどの存在感を持つのでしょうか。小野小町の詩で「あだなる」は「はかない」と訳せばいいのでしょうか。この詩は、思わず深読みをしてしまいそうにもなるのですが、そのまま感じれば諧謔的にも取れます。清少納言の詩も、相当にストレートです。古の人にとって、この花の持つ「色」が何にも例えられないほどに美しく映ったのでしょうか。やまとナデシコは本来、男女に関係なく、日本的情緒をもつ者を指したそうです。その後は大和魂なんてちょっと危ない勇ましい言葉に変わっていきましたけど。いずれにせよ、ナデシコが日本人にこよなく愛されてきたのは事実でしょう。

 ヒガンバナ (ヒガンバナ:彼岸花 マンジュシャゲ:曼珠沙華)
 
分類:キジカクシ目ヒガンバナ科ヒガンバナ亜科ヒガンバナ連ヒガンバナ属
 
花期(路地・鉢物):9月中旬~末 秋のお彼岸のころ

ヒガンバナ イラスト「仏より 痩せて哀れや 曼珠沙華」
 夏目漱石
「曼珠沙華(花) あつけらかんと 道の端」
 
夏目漱石
「悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる」
 種田山頭火
「歩きつづける彼岸花咲きつづける」
 種田山頭火
「彼岸花の赤さがあるだけ」
 種田山頭火

「曼珠沙華咲いて ここがわたしの 寝るところ」
 
種田山頭火
「道の辺の 壱師(いちし)の花の いちしろく 人皆知りぬ 我(あ)が恋妻は」

 柿本人麿(万葉集)
※壱師(いちし)の花=彼岸花。違う花という説あり
※「いちしろく」=「目だって」とか「はっきり」という意味


 ヒガンバナは秋の彼岸頃に開花することから、別名のマンジュシャゲは法華経などの仏典に由来する呼び名です。この花は「花と葉が同時に出ることがない」という特徴があり、葉のある時には花が無く、花の時には葉がないことから韓国では「サンチョ(相思華)」と呼ぶそうです。「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味からでしょう。この花は気が付くと真っ赤な花を開かせています。二番目の夏目漱石の詩はそんな気分を詠ったものでしょうか。この花は、見る人の気持ちによって様々にその風情を変える花だと思います。今回は種田山頭火の詩に偏りましたが、その四編の詩を見ると、一人の気持ちの中でも微妙に異なる想いを湧き上がらせる花なのでしょう。最後の詩はそのまま読んでください。このような気持ちを素直に読むのが万葉の人々なのでしょう。

 キク (イエキク:家菊)
 
分類:キク目キク科キク属
 
花期(路地・鉢物):10月~12月

キク「山川の 水の水上たづねきて 星かとぞ見る しらぎくの花」
 藤原俊成

「山に家をくつつけて菊咲かせてる」
 尾崎放哉
「貧しう住んで これだけの菊を咲かせてゐる」
 種田山頭火
「端渓に 菊一輪の 机かな」

 
夏目漱石
 ※端渓=端渓硯(たんけいけん)=硯(すずり)

「菊の香や 流れて草の 上までも」

 加賀千代女


 キクは誠に身近な花です。国内で一番多く出荷されている花です。仏様に飾る花だからでしょう。だからでしょうか、少し重い心情を絡めた詩も多くあります。ここでは、そうした心情とは違うものをご紹介します。キクの咲いている姿をそれぞれに詠っていますが、二番目の尾崎放哉の詩は面白いと思います。絵画で表現すれば、写実的な景色を切り取ったのではなく、キュービズムのように空間の主客を転倒させているような…、不思議な立体感を感じる詩です。同様にそれを心情として詠むと、三番目の山頭火のような詩になるのでしょうか。最後の、加賀千代女の詩には、いつも優しい目で自然を見ているその姿を感じます。

 タチバナ (タチバナ ヤマトタチバナ ニッポンタチバナ)
 
分類:ムクロジ目ミカン科ミカン亜科ミカン属
 
花期(路地・鉢物):5月~6月

タチバナ「橘は 実さへ花さへ その葉さへ 
       枝(え)に霜降れど いや常葉(とこは)の樹」

 聖武天皇(万葉集)

「橘の 花散る里のほととぎす 片恋しつつ 鳴く日しそ多き」
 大伴旅人(万葉集)
「橘の にほへる香かも ほととぎす 鳴く夜の雨に 
                     うつろひぬらむ」
 大伴家持(万葉集)
「風に散る 花橘を袖に受けて 君がみ跡と 偲びつるかも」

 
詠み人知らず(万葉集)
「五月(さつき)待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」

 詠み人知らず(古今和歌集)


 タチバナを詠った詩を眺めると、やはり万葉集ですね。70首近く(69)の詩が詠われているようです。「左近の桜 右近の橘
」と言われますが、左近・右近は左近衛府・右近衛府の略称で、平安宮内裏の紫宸殿前庭に植えられ、紫宸殿から見ての、つまり、帝から見ての位置です。それはさておき、タチバナは日本固有の柑橘類で、マツなどと同様に常緑が「永遠」を喩えるということで好まれたようです。タチバナにかけて「恋」を詠った詩があります。タチバナの香ゆえでしょうか。永遠の愛を願うゆえでしょうか。伊勢物語にも登場する、一番最後の詩が有名だと思います。貴族の教養となった新古今和歌集に比べ、古今和歌集はまだ万葉の趣を残していたのだと思います。

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