花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その36「ゲーテとチューリップ」



トピック イメージ 花 調べ物をしている時、ゲーテの次のような言葉に出会いました。「花を与えるのは自然であり、それを編んで花輪にするのが芸術である」。最近は調べ物をするにしても以前のように図書館に籠ったりとかではなく、WEBでけっこう手軽に調べられるので便利な世の中になったものだと思います(歳がばれる…?)。この言葉はけっこうアチコチのサイトで見かけました。私自身はゲーテにそれほど興味が無かったので、この言葉は知りませんでしたし、あの大文豪ゲーテの言葉にしては「可愛らしい(失礼)」言葉であると感じました。

言葉に含まれる思いとしては、小林秀雄が「当麻(たいま)」の中で語った「美しい花がある。花の美しさと言うようなものは無い」と通じるものがあると感じますが、ゲーテの言葉の方が優しいですね。小林秀雄の言葉にはいつも思うのですが、「言い切る」といえばよいのか、非常に鋭利なものを感じてしまいます。いずれにしても、人と花の関わりをあのゲーテも語っていたとは。

それで、少し興味が湧いて更に調べてみると、ゲーテの意外な側面を知りました。ゲーテと云えば「若きウェルテルの悩み」「ファウスト」等の作品から大文豪というイメージしか持っていませんでしたが、自然科学者でもあったという事には少し意外な感がありました。政治家でもあり法律家でもあり、レオナルド・ダ・ビンチや、日本で云えば空海や南方熊楠など、一つの枠では語れない「知性」を持つ存在というのはどの時代にも生まれているものなのですね。

それはさて置いて、ゲーテの「自然科学」に対する思想の中核には「原型(Urform)」という概念があるそうで、生物にはその骨格器官のもとになっている「元器官」というものがあり、脊椎がそれにあたると考えていたそうです。その考えを植物にも応用し、「植物変態論」の中で、全ての植物は一つの同じ「元植物(de:Urpflanze)」から発展したものとし、植物の花を構成する花弁や雄しべなどの各器官は、「葉」が様々な形に変化し、集合してできた結果であると考えたようです。

チューリップその話を読んで、ふと思い出したことがありました。2014年11月22日に購入したチューリップのことです。何本かあった花の中の一本に、一枚の花弁が変わっているものがありました。「なんだろう?」と思いましたが、その時にはそれほど気にも留めなかったのですが、花びらの位置にあるのに葉っぱのような質感になっていました。これは画像が無いと、分かり難いですね。右の画像のように、花びらの一枚が葉っぱのようになっているのです。変形した葉っぱが貼りついたのかな、と思っていました。これは「レンブラント咲き」という斑模様の入ったチューリップです。WEB用の写真に撮る時、不自然なので目立たないように少し剥がしましたけど、珍しいので元のものも撮っておいた画像です。

それで、ゲーテの「植物変態論」を調べてみると、その中に似たようなチューリップがありました。これはそれほど珍しい事ではないようですが、例えばマルバルスカスの葉は、どう見ても葉なのですけど、これは枝が変化したものであるとか。ですから、マルバルスカスの花はその葉の裏側に咲きます。自然の造形の面白さと云えばそうなのですけど、その植物にとっては必然からそのような形状になったのでしょう。不思議がっているのは人間の勝手…?。ゲーテは水彩画にそのチューリップの姿を残していますが、そのゲーテが観察したものと同じようなチューリップを眺めているのは、なにか妙な感じです。あの大文豪とチューリップがイメージとしては結びつきにくい…。

花のお話 目次へ

アクセス数ベスト5コンテンツ
★花のお話 その12「弔いには何故、白い菊なのか?」
★花のお話 その14「花言葉は、誰がどうやって決めるのでしょうか」
★花のお話 その6「千利休と豊臣秀吉 一輪の朝顔」
★花のお話 その32「花にまつわる日本語の表現の豊かさは詩の中から」
★花のお話 その51「花一輪に飼い慣らされる 花を眺める心の内は…」



■探し物は何ですか…? カタログ気分で色々検索。
↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

スポンサー リンク

他 リンク

「雑学を楽しむ」サイト
テキトー雑学堂 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.