花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その40「黒田官兵衛 藤の花の命に我が身の生きる力を託す」



トピック イメージ 花 家人が歴史好きなものですから、自然とその影響を受けてしまいます。「門前の…」なんとやらですが。特に司馬遼太郎氏の作品は本棚にズラリと、その全てが並んでいます。個人的にはミステリーものが好きなのですが、家人はそちら方面には全く興味が無いようです。曰く「殺人事件が起きなきゃ始まらない話に興味はない」、だそうです。しかし、歴史小説こそ、戦争の物語が多く、元亀・天正の戦国時代などではどれほどの命が奪われていたのか…。歴史とは戦争を学ぶことのように思えます。

といった重たい話はさておいて、時には凄惨な戦国時代でも、いえ、そうだからこそ、そのエピソードの中に人の持つ凛とした姿が映し出されています。その多くは創作されたものかもしれません。有名な「千利休と豊臣秀吉の朝顔」の話も実際にあったのかどうか検証のしようもありません。しかし、そうした話をキラリと光らせる背景をその時々の時代は持っていたのでしょう。「平将門と桔梗」の話は寂しい話ですけど…。

花が登場する武将のエピソードでは「黒田官兵衛(かんぴょうえ)と藤の花」の話が有名だと思います。官兵衛が有岡城の牢(劣悪な環境の水牢であったそうです)に1年以上も幽閉され、およそその命を保つことも難しい環境の牢の中で、窓から見える藤の花を眺めて、「藤よ、藤よ花をつけよ」と願う姿は、その藤の花の命に、我が身の儚くも保ち続けている命を託している黒田官兵衛の生命力、「生きようとする力」とが重なり合い、一層鮮やかな藤の花がイメージの中で開きます。司馬遼太郎氏の言葉を添えれば「いま、官兵衛の目の前にある藤の芽は、この天地の中で、自分とその芽だけが、ただ二つの命であるように思われた」。更に氏の言葉です。「生きよ、と天の信号を送りつづけているようでもあった」。その藤の花がイメージの中で喩えようも無く光り輝くように開いていきます。季節は初夏。

官兵衛はその命を保ち、廃人寸前の身体で牢から助け出され、その後黒田家の家紋は藤の花をあしらった藤巴に改められたとか。しかし、官兵衛の父親が小寺家に仕えた時、「小寺」の名前と「藤」の家紋は既に賜っていたようです(小寺家の家紋は「藤橘巴」。藤に三つの橘)。ですから、牢から助けられた後に家紋を「藤」にしたというのは史実ではありません。とすると、この話はやはり時代の中で創作されたものかもしれません。ちなみに有岡城に幽閉されるまでの官兵衛は小寺を名のっていましたが、主家の小寺家が荒木村重の誘いに乗って毛利方につき、織田信長に攻め滅ばされた後は元の姓を名乗って黒田官兵衛となります。ですが、家紋は小寺時代のものをそのまま引き継いだのでしょう。

とはいえ、黒田官兵衛の物語である司馬遼太郎氏の「播磨灘物語」のそのワンシーンで、新芽を吹き出し、今まさに花を咲かせんとする藤の色は、初夏の陽を透かせて、人には創り出せない「命の色」として鮮やかにイメージされるのです。ちなみに、「花の詩紹介4」でも書きましたが、藤は日本の固有種です。初夏の頃、山裾の道をドライブしていると自生している藤を目にします。藤棚に整然と咲く藤の花も趣のあるものですが、まさに小さな滝のように「しだれて」咲く藤の花の鮮やかさには、季節の生命感が溢れています。

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