花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その44「日本で最初のお花屋さん? 白川女」



トピック イメージ 花 2015年の「新小学1年生の『将来就きたい職業』(株クラレ アンケート)で、女の子編では「花屋」が第3位。これは昔も今も変わらない傾向です。やはり女の子にとって最初に「美しい」ものを扱う仕事として花がその目に映るのでしょう。仕事をしているキャリアウーマンでも、定年後はお花屋さん、なんてことを言われる方はいます。実際にやるやらないは別として…。花に囲まれて生きるというのは、女性にとって憧れの生活なのでしょう。現実は…、さておいて、私もその一人だと思います。

では、お花屋さんという職業はいつの時代に生まれたのでしょうか? ちょっと艶のない言い方になりますが、花というものが商業的な価値を持って、商品として取引されるようになってお花屋さんというものが生まれたわけですから、「切り花」が商品価値を持ったのはいつから…?

そんな他愛もない疑問を考えながら、特にそのことを調べるともなく花関係のことを調べていると、「あ、これ…」というものに出会いました。それは、比叡山のすそ野、白川の地に広がる花畑の花を京で売り歩く「白川女(しらかわめ)」と呼ばれる女性たちです。その歴史は古く、平安時代中頃から、御所に花を届け、京の都で花を売っていたようです。白川は比叡山の麓を流れる川で、その里から、頭の上に「箕(み)」と呼ばれる、竹や藤で編んだ平たい篭(穀物の選別や運搬に使う農具)に切り花を盛って、京の町へ売りに出ていくのが白川女。これが日本で最初の花売りの形態と考えられているそうです。

この白川女、今はその姿を見られなくなっているようですが、けっこう近年まで続いていたようです。今では地元の白川女風俗保存会で伝承されているとか。そこで保存されている白川女の姿は、紺木綿の小袖に御所染めの細帯。紺がすりの三幅前かけに、着物の裾を両脇にからげ、着物の下は純白の下着、手には紺の手甲、足には白い脚絆に白足袋で草履をはき、頭と襟には白地の手ぬぐい…、と京都大原の「大原女(おはらめ)」の姿や、少し違うようですが「伊豆大島椿祭りの『あんこ』」の姿と重なります。

白川女が「花いりまへんか」と花を売り歩く艶のある光景を思い浮かべてしまいますが、ここで少々興ざめなそもそも論的な疑問が再び湧きあがります。「切り花の需要が、なぜ生まれたのか…?」。それには、こんな理由があるそうです。平安京の時代は賀茂川が繰り返し氾濫し、当時の貴族たちは北白川の台地に移り住んだといいます。その時、貴族たちはこの白川の里の花々の見事さに惚れ惚れとし、宮中に花を献上することを考えたそうです。それを聞いた里人が、娘たちを美しい装いに身を包ませ、切りたての花を御所に届けたのが、白川女の始まりであると伝えられています。宮中の貴族たちがお客様となったわけですね。

お花屋さんと聞けば、なんとなく夢を見てしまう女の子たちも、つまりは「お仕事=商売」であるという現実に触れたとき、どうなるんでしょうか。ガッカリ? 幻滅? いえいえ、そんなことはないでしょう。自分が大好きな商品で仕事ができるわけですから。「お花屋さん」が女の子の「将来なりたいもの」から消えることはあり得ないでしょう。大人の女性の憧れからも。

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