花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花のお話 その62「五月の桜 与謝野晶子の白桜忌」



花のお話 家の前の公園にあるサクラは散り始めましたが、気候や環境が同じエリアでも多少の時差はあるようで、まだ花を満開時に近いほど付けているサクラが近所にあります。散歩がてらにそのサクラを見に行ってみました。同じように並んでいるサクラでも色がけっこう異なっているものが並んでいます。やや濃いめのピンクのものもあれば、白いものもあります。その白いサクラも見事に花を付け、なかなかに趣のある景色を彩り、目を楽しませてくれます。その白いサクラを眺めていて、ふと、「そういえば、与謝野晶子の命日は白桜忌…」という事を思い出しました。

今まではそんなことを思う程度で終わっていたのですけど、今回はちょっと「でも…」なんて思いが湧き上がってきました。サクラはもともとソメイヨシノでも白・淡いピンク・やや濃いめのピンクといった個体差があるようで、ソメイヨシノに白いサクラがあっても何の不思議もありませんし、その片方の親である大島桜は白色です。ちょっと気になったのは、与謝野晶子の命日が5月29日(1942年:昭和17年)であることです。別に、その命日と花期とが一緒でなければならない事などないのですけど、その景色としては「その花が咲くころに…」といった西行(さいぎょう)的に、また、菜の花忌の司馬遼太郎や伊藤静雄、千利休のようにイメージしてしまうのです。勝手ながら…。

それで「白桜」について調べてみると、「ミヤマザクラ(深山桜)」の別称が「シロザクラ(白桜)」であることが分かりました。そして、その花期は5-6月上旬。その花の色は別称の通り、白です。その「季語」は夏。何となく、与謝野晶子の白桜忌の「シロザクラ」とは、この花なのかと一人合点しました。ですが…。

先も述べた通り、春のソメイヨシノにも見事な白いサクラはあります。与謝野晶子がそれを好み、のちの人がその命日に「白桜忌」と名付けたとしてもなんら、どうのこうのという事はありません。ちなみに与謝野晶子の戒名は「白桜院鳳翔晶輝大姉」です。これは彼女が生前から望んでいたことのようです。「私の戒名には白桜院を…」と。何か、私は大きなお世話の独り相撲をしていたような気が…。しかし、「五月の桜」というのも、草木が青々と茂り、晴れ渡った蒼天を背景に見事な姿をイメージさせてくれます。与謝野晶子のあの奔放な詩にはまさにピッタリな景色のような。またまた勝手ながら、そう思います。

与謝野晶子の詩は本サイトの「花の詩紹介」でもしばしば取り上げていますが、その頻度の割には「とても好きな詩人」というわけでも実は、ないのです。私は正岡子規や種田山頭火の、一幅の絵を自然から切り出すような詩が好きで、同じ女性として、「溢れるばかりの激情」そのままに詠った彼女の詩に気圧されることがしばしばです。しかしながら、先にも述べたあの奔放さは、憧れにも似たような気持ちを抱かせるのです。解釈不要の、そのままの詩に。

与謝野晶子は代表作の「みだれ髪」故か、恋愛感情をそのテーマに据えたロマン主義の作家という印象が強く、また「君死にたまふことなかれ」の詩で、反戦思想の持主であり、女性解放思想家としての側面もあるとされている人物です。しかし、私にとっては「みだれ髪」にあるように「官能」を女性として大らかに詠い上げた女流作家である、という事が全てです。反戦という事に関しては、まったく逆の詩も残していますし、女性教育の必要性を説いた社会派的な側面はありますけど、政治的な存在として歴史に名を残している訳でもありません。「君死にたまふことなかれ」の詩は、好戦的な世情の中で社会的に「勇気のいること」といったイメージがありますが、その頃は昭和ほど言論弾圧が強かったわけでもない時代です。あれはあくまでも女性としてのストレートな心情の詩です。

与謝野晶子のその存在感は、日本人離れした「個人主義」によるものではないでしょうか。生来、そういったものを持って生まれたのでしょう。その姿はまさに凛として在る「五月の桜」。

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