花を飾る 日常をホンノリと彩る…

花の詩紹介 花の詩7


※花の名前の()内は一般的な和名です。
 ツバキ (ツバキ:椿)
 
分類:ツツジ目ツバキ科ツバキ属ツバキ亜属ツバキ節
 
花期(路地・鉢物):2月~3月

ツバキ イラスト「落ざまに 水こぼしけり 花椿」
 松尾芭蕉
「赤い椿白い椿と 落ちにけり」
 
河東碧梧桐
「ぬかるみ赤いのは 落ちてゐる椿」
 種田山頭火
「鴉が啼いて 椿が赤くて」
 
種田山頭火
「落したか 落ちたか 路の椿かな」

 正岡子規
「きよらなる 横笛吹きし口びるの
            くれなゐに似る 椿をひろふ」

 与謝野晶子
「あしひきの 山椿咲く 八峯(やつを)越え
         鹿(しし)待つ君が 斎(いは)ひ妻かも」

 
読み人知らず(万葉集)
「ちはやぶる 伊豆のお山の 玉椿 八百万代も 色はかはらじ」
 源実朝


 「椿:ツバキ」の文字は万葉集で初めて登場したようです。古事記にも登場し、古くから神聖な樹木として扱われていたそうで、日本の古い文献に多くの記録が残されています。やはり、ツバキはその鮮やかな色と、美しい花のまま落ちてしまう独特の風情が詩人の心を捉えるのでしょう。四番目の山頭火の詩には、どこか子規の有名な「柿食えば…」のような趣を感じます。ツバキに関しては山頭火の詩がこの花の風情を、私にとっては一番感じさせてくれます。与謝野晶子の詩は、いつもながらにストレートな味わいです。

  ボタン (ボタン:牡丹)
  
分類:ユキノシタ目ボタン科ボタン属
  
花期(路地・鉢物):冬11月~翌2月、春4月~5月

ボタン イラスト「冬牡丹 千鳥よ雪の ほととぎす」
 松尾芭蕉
「冬牡丹 手をあたたむる 茶碗かな」
 椎本才麿
「咲きかねて 紅充ちし 冬牡丹」
 渡辺水巴
「一つ散りて 後に花なし 冬牡丹」
 
正岡子規
「そのあたり ほのとぬくしや 寒牡丹」
 高浜虚子
「苞割れば 笑みこぼれたり 寒牡丹」
 
高浜虚子

「一輪の 牡丹かがやく 病間かな」
 
正岡子規
「垣間より 隣あやかる 牡丹かな」
 加賀千代女


 「冬牡丹」とも「寒牡丹」とも詠われていますが、冬牡丹は「春牡丹」を温室を使って人為的に冬に咲かせたもの。放置しておけば春牡丹に戻ります。寒牡丹は春と秋に花をつける二季咲きの変種。冬牡丹は長い茎と大きな緑の葉が特徴ですが、寒牡丹は茎が細く短く、葉は殆ど出ません。冬牡丹と寒牡丹は混同されているようですが、詩人たちに見える景色は「冬から春への合図」のように、見事に、紅艶やかに咲くボタンの凛とした姿でしょう。冷たい冬の中に春を思わせる「温かさ」がモチーフになっているのでしょうか。牡丹と云えば「春牡丹」なのですが、下の二つの句はその春牡丹を詠ったものですけど、個人的には「冬牡丹」の詩が好きです。ボタンの鮮やかな紅が雪とのコントラストで、一層鮮やかにイメージとして泛んできますから。

  ウメ (ウメ:梅)
  
分類:バラ目バラ科サクラ属
  
花期(路地・鉢物):2月~3月

ウメ イラスト「山里は 万歳遅し 梅の花」
 松尾芭蕉
「咲いてここにも 梅の木があった」
 種田山頭火

「春の雨は いや頻降るに 梅の花 
           いまだ咲かなく いと若みかも」

 大伴家持(万葉集)
「春されば 先づ咲く宿の 梅の花 
           ひとり見つつや 春日暮らさむ」

 山上憶良(万葉集)
「吾兄子に 見せむと念ひし 梅の花 
           それとも見えず 雪の零れれば」
 
山部赤人(万葉集)
「東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 
              主なしとて 春を忘るな」

 菅原道真
「ゆきずりに 一枝折りし 梅が香の 
            深くも袖に しみにけるかな」
 
西行

 最初の、芭蕉の詩には思わず笑いましたが、「春を待つ思い」がストレートに届いてきます。その次に三つ、万葉集の巨匠の詩を並べましたが、寒い冬から春への区切りを知らせるのがウメなのでしょう。サクラの時期は春満開ですが、ウメとなれば、「寒苦を経て清香を発す」という言葉があるように、春の始まりというより、寒い冬の終わりを告げるのがウメなのでしょう。芭蕉の句にあるように、それはまさに「万歳」の瞬間。そして、まだ残る寒気の中に漂うあの何とも言えない甘酸っぱい匂い。有名な菅原道真の詩の最後を、私は「春な忘れそ」で覚えましたが、今はこちらの方が定着しているとか。西行の詩はカッコ好すぎますね。二番目の、山頭火の無邪気さが際立ちます。

  モクレン (モクレン:木蓮)
  
分類:モクレン目モクレン科モクレン亜科モクレン属
  
花期(路地・鉢物):3月~4月

モクレン イラスト「子と遊ぶ うらら木蓮 数へては」 
 種田山頭火
「白木蓮が あざやかな夕空」 
 
種田山頭火
「木蓮が 蘇鉄の側に 咲くところ」 
 河東碧梧桐
「おほらかに 此処を楽土と なす如し
               白木蓮の 高き一もと」

 
与謝野晶子
「大世界 あをき空より 来るごと 
             つぼみをつけぬ 春の木蓮」

 
与謝野晶子

「玉蘭は 空すがすがし 光發す  
            一朝にして ひらき満ちたる」
 
北原白秋

 一般にモクレンと呼ばれるのは、濃紫色の花をつけるシモクレンです。同じ属で白い花を咲かせるのはハクモクレン(白木蓮)。シモクレンは低木ですが、ハクモクレンは15m位の木に育ちます。このモクレン属は地球上で最古の花木で、今の花木類の祖先です。空に向かって咲くそのシンプルで力強ささえ感じさせる花は、先のウメに続いて、まさに春の到来を感じさせる花です。詩人たちのどの詩にもその思いが感じられます。ちなみに、最後の北原白秋の詩の「玉蘭」とは、ハクモクレンの漢名です。種田山頭火の詩で、これは「花のお話32」に書いたのですが、「絵本見てある子も睡げ木蓮ほろろ散る」という詩があります。「ほろろ散る」という表現は優しいですね。

  レンギョウ (レンギョウ:連翹)
  
分類:シソ目モクセイ科レンギョウ属
  
花期(路地・鉢物):3月~4月

レンギョウ イラスト「連翹や 束ねられたる 庭の隅」
 正岡子規
「連翹に 一閑張の 机かな」
 
正岡子規
「春の神の まな児うぐひす 嫁ぎくると
            黄金扉 つくる連翹の花」

 
与謝野晶子
「連翹の 一枝円を 描きたり」
 
高浜虚子
「行き過ぎて 尚連翹の 花明り
 
中村汀女
「連翹や 真間の里びと 垣を結はず」
 
水原秋桜子

 レンギョウは一つ一つの花を見れば、本当に鮮やかな黄色を楽しませてくれますが、レンギョウ全体を見ると、表現は陳腐なのですが、何かモジャモジャっとした感じを受けます。一番目の「束ねられたる 庭の隅」とは、まさに子規の目が捉えた、そうしたレンギョウの趣であると思います。二番目の詩にある「一閑張(いっかんばり)」とは、紙で貼ったものを漆塗りした細工物の事です。三番目の詩ですが、この与謝野晶子は「さりげなく」という言葉とはあまり縁のない方だと思います。悪い意味では決してありませんが、どのような対象物でさえ、ゴージャスで情感豊かに詠い上げる詩人です。四番目の詩は、この花の「造形」の面白さを一言で云い現わしていると感じます。最後の二つの詩も同様です。ちなみに、このレンギョウを好んだ詩人、高村光太郎の命日4月2日は、「連翹忌」と呼ばれています。


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